フードプランナー・大皿彩子さん 前編

さまざまな分野で活躍する素敵な人たちにとって、「しあわせ」とは何かを教えてもらう連載。第2回目のゲストは、フードプランナーの大皿彩子(おおさら・さいこ)さんです。 企業のメニュー開発や店舗プロデュースに加え、中目黒の人気ヴィーガンカフェ「Alaska zwei(アラスカ ツヴァイ)」の運営にも携わる大皿さんにとっての「ボヌール=しあわせ」な瞬間とは?

みんながわくわくすることに携わりたい、と広告の仕事へ

「人のココロを動かすことをしたい、ずっとそう思ってきました」と言いながら、大皿さんはふんわりと笑う。大学卒業後に就職したのは、広告代理店。
「高校生くらいの頃から自分の考えたことで周りをびっくりさせたい、面白がってもらいたい、喜んでもらいたいと思っていたんです。当時、テレビCMの影響力は絶大だったし、みんなが同時にわくわくすることに興味がわき、広告の仕事を目指しました」。

広告代理店では、営業やクリエイティブプロデュースの仕事などを経験。そんな中、人生を左右するような仕事に出会う。それが、2010年FIFAワールドカップ・南アメリカ大会に関する仕事だった。
大手家電ブランドのCSR活動の一環として、テレビ普及率の低かった南アフリカの国々へ、サッカーのライブ映像を見る体験を届けようというプロジェクト。現地へ蓄電器とソーラーパネルを持って行き、サッカー中継を行う。試合当日、大皿さんは映像中継を見守っていた。
「ワールドカップの試合が始まる夜になり、ガーナにある村の野外広場に子どもたちを含めて200人以上が集まりました。暗がりに立った大きなスクリーンに、プロジェクタから投影された緑の芝生が映ったその瞬間のこと。子どもたちの目が一斉にきらきらと輝いたのがわかったんです!鳥肌が立ちました。そして、ガーナが先制点を取ると、みんなが喜びを爆発させてダンスを始めて。それを見て涙が止まらなかった。遠く離れた、何もかもが違う人たちと感動を共有できたこの経験は、一生忘れられません」。

人のココロを動かしたいと望み、広告業界へ進んだ彼女にとって、これはひとつの到達点だったのかもしれない。次第に、「広告でなくてもいいのでは?」と思うようになっていった。やりたかったことは、もっとシンプルだったはず。そう、ガーナの体験のように、世界中の人と同じ感動を共有したい。
世界中で共通の話題になることといえば、サッカーを含むスポーツに音楽、そして食だろう。小さな頃から、誰かに料理を作って喜ばれるのが好きだった大皿さん。「食なら、共通の感動体験をつくれるかもしれない」と思い立った。食べ物に絞った企画の仕事をまずやってみよう、と会社を辞め、2012年にフード専門の企画会社「さいころ食堂」を立ち上げたのだ。

前職での経験を活かし、企業のフード関連のPRイベントや店舗・商品のプロデュース、カフェのレシピ開発など、食関連の魅力的な企画を手掛ける大皿さん。同時に、中目黒にある人気ヴィーガンカフェ「アラスカ ツヴァイ」のオーナー兼店主としても活躍している。

ヴィーガンカフェを経営するそもそものきっかけはベルリンだ。大皿さんは、ベルリンが好きで1年に1回は立ち寄っていたそう。多言語・多民族社会のベルリンのレストランには大抵ヴィーガンメニューが用意されている。
「屋台のような店がたくさん集まるフードマーケットで食事をしていたときのこと。もちろんヴィーガン料理を出す屋台もあって。ふと隣を見ると、やんちゃでいかつそうな男子6人組がヴィーガン料理のおつまみを食べているじゃないですか!驚きました。思わず、あなた達はヴィーガンなのか?と尋ねたんです(笑)そうしたら、『あいつとあいつが肉を食べないから、仲間で集まるときにはヴィーガンをチョイスするとみんながハッピーだからだよ』と教えてくれたんです。
なるほど、と 納得しました。多様な価値観をもつ人が集まるときに、ヴィーガンという選択肢があるといい。しあわせの最大公約数的なものなんだ、と。東京で店をやるなら、みんなが同じように食を楽しめるヴィーガン料理を出そう、と決意しましたね」。

客として通っていた憧れのカフェ「アラスカ」の店主から居抜きでカフェを引き継ぎ、ヴィーガンカフェとして生まれ変わらせた。ドイツ語で「2」=ツヴァイ。だから店名は、アラスカ ツヴァイ。
ところで、「ヴィーガン」とは「完全菜食主義者」のこと。動物性食品を一切口にしない人達を指し、肉や魚はもちろん、卵や乳製品(バターやチーズ含む)、はちみつも使わない。一方、ベジタリアンはさまざまなタイプの菜食主義者を指し、単に菜食傾向がある人や、魚や卵を食べるという人も含まれることがある。

ヴィーガンカフェと知ったうえでアラスカ ツヴァイの料理を目の前にした際に、意外に感じる人も多いはずだ。大皿さんがレシピ開発の際に決めたのは、
・見た目でワクワクできるか?
・女性だけでなく、男性ももう一度食べたいと思える味か?
ということ。健康のためのヴィーガン、という発想でつくられていない。だから、ボリュームもあるし、味も濃厚。純粋においしい。「誰も否定しないというのがモットーです。お肉やお魚を食べる人も私は好き。誰も傷つかない道がないか探したい」と大皿さん。

2020年の5月、下北沢に姉妹店のパン屋「Universal Bakes and Cafe(ユニバーサルベイクスアンドカフェ)」もオープン。100%ヴィーガンのバターや卵を使わない、菓子パンやクロワッサンも提供する。
「レシピを考えるのが大変そうだと言われますが、そんなことはあまり感じません。植物性の素材って山ほどあるから!ただ、うちではできる限り丁寧に作られた野菜を使っています。ヴィーガン料理は野菜そのものの味がストレートに出るので。それに生産者の方が一生懸命作ってくださった貴重な食材をムダにしたくないんです」。

周りのみんながしあわせかどうか?が一番大切

新型コロナウィルスの影響は大きかったという。「自分たちの店の価値は?」「どうしたら続けられるか?」を自問自答する日々だった。結果的に、ヴィーガンでおいしいものを作り、誰かの食卓へ届くのであれば、営業スタイルにこだわらないという答えに。緊急事態宣言が出る前に店をクローズして、焼き菓子を全国発送するオンラインショップを立ち上げた。

「飲食店の成功は、10年、20年と続いていくこと。だから、一緒に幸せになれるか?と問い続けながら、仲間探しをしています。サッカーのチーム作りと同じかな(笑)。私にとって、仕事に関わる人達の全員がしあわせかどうか?がすべての基準です。不要な上下関係ができてしまったり、誰かが我慢したり、となると長くは続きません。この仕事、またやりたいね、と思えるか、思ってもらえるかが一番重要な気がします」。

【profile】
大皿彩子(おおさら・さいこ)
”おいしい企画”専門のフードプランナー。「食事をもっと楽しく」をモットーにコンセプト立案から、レシピ/商品/店舗開発、フードコーディネート、原稿執筆やイベント運営まで手がけている。
https://www.instagram.com/saikolo/
アラスカ ツヴァイ
東京都目黒区東山2‐5‐7
https://www.instagram.com/alaska_zwei/